地這う鬼火―第一章『鬼火の出る村』―

 十年後、竹久の友人は東京にいた。移住したわけではない。用事が東京にあるからだ。今、彼の目の前はある探偵事務所の看板が映っている。
 武田探偵事務所。東京にある探偵事務所である。この事務所では、所長であろう探偵が一人、助手やら秘書やらと自称している女性が二人働いている。今まさに竹久の友人は、そんな事務所に入ろうとしていた。
「どうしました、依頼ですか? 中に入っていいですよ」
「え、あ、はい。失礼します。」
 竹久の友人は、後ろから突然声をかけられ、寿命が縮んでいた。老いた体で、真後ろから声をかけられたら、誰だって驚く。そう、つまり声をかけた者は、労りがないのだ―――と、竹久の友人は思っていた。
「えっと、あなたが武田さんですか。」
「え、違いますよ。僕はその武田の友人です。どうぞ、僕も用があってきたので。」
「はあ。」
 期待通り、といったところだった。顔は若々しく、とてもではないが頭の良さそうな人物ではなかった。こんな男が探偵のはずでない。彼の言う通り、ただの友人のようだ、と竹久の友人は感じた。
 竹久の友人は、青年に言われるがまま、事務所の中へ入った。まず入って視界に入ったのは、応接間らしき場所。奥には事務机があり、後ろに本棚がある。入って左側には窓があり、その窓の近くには観葉植物がある。トイレは、どうやら右にあるようだ。
「入るときは、できればノックしてほしいです。」
「え、あ。これは失礼しました。」
「いいですよ、気にしていないですし。零次、この人は?」
 竹久の友人に、後ろから話しかけてきた青年は『零次』。そして今、零次の名を指名した、帽子を被った男が『武田』なのだろう。
「扉の前に立っていたんだ。」
「ほう。ではあなた、依頼ですか?」
「あ、はい。左様です。」
「では、名前を教えてください。」
「はい。私の名は一ノ蔵辰之助と申します。」
 竹久の友人、一ノ蔵辰之助は、次に武田の自己紹介を受けた。探偵は武田達志と名乗った。すると、二人の女性が部屋に入ってきた。かなり若い。二十歳前後だろうか。髪の長い女性は、小椋希美子と名乗り、赤茶色の髪の毛の女性は、赤菱法子と名乗った。
「では一ノ蔵さん、まずはここまでのご足労お疲れ様です。お茶をどうぞ。」
「あ、どうも。」
「では早速ですが、今回はどういったご用件でこちらに・・・・・・。」
「・・・・・・」
「い、一ノ蔵さん?」
「鬼火の謎を解いて頂くために参りました。」
「お、おお、おおお、鬼火!?」
 裏返った声を出したのは赤菱だった。オカルト系統は苦手なのだろう。すると、零次が驚いた顔で話した。
「鬼火? もしかして一ノ蔵さん、飛露喜村の方ですか?」
「あ、ああ、そうだが。」
「丁度いい。僕もその謎を伝えに来たんです。あ、僕は雑誌記者・・・・・・、フリーのルポライターなんです。元々は新聞記者だったんですけれどね。」
「そんな話を依頼人にしてどうするんだよ。」
 武田のきつい、いや、当たり前の言葉に、希美子が賛同した。
「そうよ、零次くんの生い立ちなんて、だれも聞いてないわ。・・・・・・でも、鬼火って?」
 話に取り残されていた辰之助が口を開いた。
「私の村で現れる妖怪です。詳しい話は現地で言いたいのです。今すぐでも宜しいでしょうか。」
 辰之助のいきなりの無茶ぶりにも動じず、武田は答えた。
「もちろん。」