地這う鬼火―第三章『十年間の虚構』―

 ゴウゴウと雄叫びを上げた『世界の鍋島』は、炎上数十分後に消防が駆け付け、鎮火された。主人である鍋島貴雄は、全焼した店の前で腰を抜かし、ただただ唖然としていた。
 沈下数分後、村長と言う男がやって来た。
「こんにちは。私は一ノ蔵さんから依頼を受けた、武田、という者です。」
「これはこれはご丁寧に。私は飛露喜村の村長やっとります、出羽桜一郎と言います。ところで、依頼というのは?」
「いや、なんの他愛もない依頼ですよ、鬼火の謎です。」
「はあ。暇なんですか?」
「暇なんかじゃないですよ。私は、依頼されたことは全て受ける性分でして。」
「へえ、ほう。あなたは一体どういった・・・・・・。」
「探偵です。」
「あ、はあ、それは。で、この火事も・・・・・・」
「目の前で、鬼火・・・・・・らしきものが。」
 桜一郎は酷く青ざめた。そして、村長としてやることがある、とだけ言って、そそくさとその場から離れていった。武田は、そんな桜一郎の姿を見て感じた。彼が鬼火を起こした・・・・・・と。
「村長が犯人かもな。」
「え?」
「確証はない。単なる勘だ。」
「た、探偵さん、お願いです!」鍋島は藁にすがる思いで武田にいった。「鬼火を・・・・・・解いてください・・・・・・!」
 武田は泣き崩れる鍋島を見ていった。
「もちろん。」
 手始めに武田は、鍋島に、何か変わったことがないか聞いた。
「変わった・・・・・・こと?」
「どんなに些細なことでも構いません。」
「そういえば・・・・・・さっき腰を抜かしてしゃがんだとき、なんか、嫌な臭いがしました。」
「臭い?」
「ガス臭い・・・・・・そんな臭いです。」
 武田は突然地面に顔を近づけた。さして、なるほど、と言わんばかりの顔をした。
「理論上可能だ。」
「え?」
 零次、希美子、法子、辰之助、鍋島は疑問符を浮かべた。しかし、疑問が解決しないまま、武田は鍋島にあることを聞いた。
「村長は・・・・・・桜一郎氏は、大学に出ていますか?」
「出てた・・・・・・はずです。」
「学部は?」
「が、学部?」
「理系か、文系か、でいいです。」
「理系・・・・・・です。確か。」
「十分です。ありがとうございます。」
 武田はそういうと、役所の方向へ歩いていった。
「・・・・・・探偵だと? なぜ・・・・・・。」
 桜一郎は焦っていた。それはなぜか。説明する前にある人物が訪問した。
「どうも、武田です。」
「あ、ああ、探偵の・・・・・・。」
「鬼火の正体が解りました。なので是非とも表の方へ出向いてもらいたいのです。」
「・・・・・・それは・・・・・・なぜ?」
「秘密が外にあるからですよ。さあ、行きましょう、出羽村長。」
「・・・・・・」
 黙りこむ桜一郎を余所に、武田は外へ出ていった。村長として、出ない、という選択肢はあり得なかった。この状況では。
 武田は、依頼人の一ノ蔵辰之助、鬼火を信じない緑川登代子、今回の被害者である鍋島貴雄、そして村長の出羽桜一郎を現場に呼び出し、今回の事件の真相を語り始めた。
「まず始めに言っておきたいのは、今回の事件で発生した鬼火は、緑川さんの仰った通り、偽物なのです。即ち、怪奇現象ではなく、人工的な物だったのです。」
「ほれみろ! だから鬼火なんぞ存在せんと・・・・・・」
 武田は登代子の声を遮って話を続けた。
「但し、『地上を駆け巡る鬼火』に関してです。ではこの大地の鬼火の謎を解き明かして見せましょう。ではお願いします。」
 武田の合図と共に、ヘルメットを深々と被った男たちが現れた。ヘルメットには『安全第一』と書かれていた。
「彼らは近くで私が依頼した工事現場の精鋭たちです。では皆さん、現場付近の舗装された辺りを掘り出してください。」
 削岩機の音がけたたましく鳴り響く。音がなりやむと、地面の下から、考えられない物が出てきた。
「こ、これは・・・・・・」
 全員が息を飲んだ。
「これを、皆さんにはどう見えますか?」
「どう・・・・・・。金属の筒が、並んでますね。」
「よく見ると、筒の下部は、何か機械的なものが取り付けられていますね・・・・・・。家の店の前に、こんなものが・・・・・・。」
「この舗装された道には、繋がるように小さな穴が空いています。そしてこの筒の先端は、道と同じ高さ、そして穴と同じ位置にあります。」
「い、一体これは・・・・・・。」
「小学校で使ったものですよ。・・・・・・『ガスバーナー』です。」
「が、ガスバーナーぁ!?」
 零次が声を上げた。それを筆頭に、全員の顔が、はあ? 、という顔をした。ただ一人、村長を除いて。
「簡単な理屈です。Aのガスバーナーに火を着けます。火というのは、空気量が多くなると青白くなるんです。このときから、ガスバーナーの空気調節ネジと、ガス調節ネジを調節し、火の色を青白くしておきます。調節したら、Bのガスバーナーの空気調節ネジとガス調節ネジを回し、ガスを放出させます。火はガスに燃え移り、AとBのガスバーナーには青白い火が付きます。そのときに、Aの調節ネジを全て閉めます。次は、BからC、CからD・・・・・・と、これを延々と続けます。すると、その光景がどう見えるか、想像付きますよね?」
「・・・・・・火が・・・・・・移動しているように見える・・・・・・。」
「通常のガスバーナーは手動でネジを調節しますが、このガスバーナーはおそらく、リモコンかなにかで自動で調節できるんでしょう。さて、一ノ蔵さん、この集落の舗装された道は、いつから・・・・・・?」
 辰之助はハッとした。この自分でさえ、犯人が誰なのか、想像出来たからだ。
「い・・・・・・今の村長が・・・・・・就任・・・・・・してからです。」
「ちなみに、空中に漂う鬼火を見てから、地上を駆ける鬼火を見かけるようになったのはいつ頃ですか?」
「・・・・・・、一ヶ月後・・・・・・です。」
「・・・・・・。さて、出羽村長、あなたはなぜこのようなことを?」
「その前にお聞きしたい。私がやった、という証拠は? え?」
「証拠・・・・・・ですか。ハッ、笑わせないでくださいよ。」
「え?」
「繋がった穴が、役所からスタートしていたじゃないですか。きちんと火が着いているかを確認するために、役所近くにも設置したんでしょう。それに、ガスバーナーに火を着けるには、直接マッチを近付けないといけません。なんせ道にぴったり合うように設置されているんです、発火装置なんて意味なですし、仮にそうだとしても、発火装置に不具合が生じた際、掘り出しにくいですからね。就任後、役所の近くにガスバーナーを設置したなら村長が工事の際に設置を申し立てた、と考えるのが普通です。」
「は・・・・・・ははは・・・・・・。流石ですね、探偵というのは。」
「おおっぴらに事件に出向いて解決する探偵はいませんよ。ほとんどは身辺調査・・・・・・。私は依頼されたことを素直に受けただけです。」
「・・・・・・なるほど・・・・・・。」
 武田は桜一郎に問い質した。なぜ鬼火騒動を起こしたのか。しかし、返ってきた答えは意外なものだった。
「く、空中を漂う鬼火の噂を聞いたので・・・・・・。む、村お越しのためだったんです。鍋島さんの酒屋が燃えたのは、本当に偶然だったんです。火が吸い込まれた・・・・・・んですよね?」
「はい、そこです。実は私も、すでに建っている店にガスバーナーを埋められなかったはずです。」
「実は、たまたま今回鬼火を起こすルートのガスバーナーに不具合があったんです。どうやら石が何かの拍子に填まって、ガスが出なかったんです。それで、ルートを変えたら・・・・・・。」
「多分ですが、店が原因だったんだと思います。」
「え?」
 鍋島は驚いた。まるで自分が悪いように言われた気がしたからだ。
「わ、私のなにが・・・・・・。」
「鍋島さんの酒屋は、外国産のお酒で溢れてました。鍋島さん、あなたのお店にあった酒の名称・・・・・・、なるべく全部言ってみてください。」
「えっと・・・・・・、ピスコ、バーボン、ウイスキー、スピリタス・・・・・・」
「ストップ、もう良いですよ。あともうひとつ。大雑把な性格・・・・・・と言われてませんでしたか?」
「い、言われたことはあるけど・・・・・・。」
「なるほど。分かりましたよ、燃えた理由が。・・・・・・、スピリタスは、アルコール度数96%の超高アルコール度なんです。そんなものが、おそらく気化していたんです。しかも鍋島さんの店は叩き売りタイプ。スピリタスも外に出ていたんでしょう。丁度ガスバーナーのある道の近くにでも・・・・・・。そして火は店の中へ・・・・・・いや、正確にはアルコール度数の高い気化したスピリタスに燃え移ったんですよ。」
「そんな・・・・・・。」
 鍋島は落胆した。鬼火が燃やした理由は、自分の性格によって大雑把に管理していたアルコールの強い酒を気化させていたからだ。まるで、自分のせいのように感じていた。
「確かにこれは偶然です・・・・・・。しかしいくら偶然でも、過失です。きちんと償ってください。」
「・・・・・・はい。」
「さて村長さん、地上に関してはあなたが起こしたものでした。空中も・・・・・・あなたが?」
「まさか、それは知りませんよ。私は地上を駆ける鬼火を起こしただけ。空中の鬼火の話を聞いて、この駆ける鬼火を考えたんですから。」
 まだ、全ての謎を解くには、時間がかかるようだった。十年前に発生した、大空の鬼火の謎を解くには・・・・・・。